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サッカーフォーラム in 兵庫
第一回「世界のストライカーと語る、世界のサッカー」
第二回「ピッチから見た世界のサッカー」
第三回「世界のサッカー、子供たちに夢を」
第四回「世界のサッカー、頂点に立つのは?」
第五回「世界への架け橋、サッカー!」
第六回(最終回)「ようこそ世界のサッカー、市民みんなで盛り上げよう!」

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サッカーフォーラム in 兵庫
第六回(最終回)「ようこそ世界のサッカー、市民みんなで盛り上げよう!」
■終わりに 〜「サッカーフォーラムin兵庫」宣言〜

2001年6月から県内各地で行なわれてきた「サッカーフォーラムin兵庫」。最終回の閉幕にあたってワールドカップの成功と、大会が神戸の街づくりに寄与することを願い、兵庫県サッカー協会理事長の長岡康規氏が「サッカーフォーラムin兵庫」宣言を行なった。
長岡氏が宣言を読み上げると、会場からは賛同の拍手。宣言が採択された。


「サッカーフォーラムin兵庫」宣言
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■岡田 武史 (元日本代表監督・コンサドーレ札幌監督)
 大阪市出身。1980年早稲田大学を卒業後、古河電気工業(現Jリーグ・ジェフ市原)に入社。日本サッカーリーグで活躍し、80〜85年には日本代表で26試合に出場。ドイツへコーチ留学した経験もある理論派で、1997年にはワールドカップ最終予選中に日本代表監督に就任し、チームを本大会に導いた。その後99年から3年間、Jリーグ・コンサドーレ札幌の監督を務めた。

■岡野 雅行 (ヴィッセル神戸所属、元日本代表)
 横浜市出身。「野人」の異名をとる俊足ストライカーで、1994年に日本大学を中退してJリーグ・浦和レッズ入り。95〜98年は日本代表としてプレーし、日本のワールドカップ初出場を決めるゴールをあげるなど貴重な戦力となった。2001年9月、ヴィッセル神戸へ期限付き移籍し右サイドMFで活躍。シーズン後に移籍期間を1年間延長した。日本代表として27試合に出場し3得点。

■城 彰二 (ヴィッセル神戸所属、元日本代表)
 北海道出身。ヘディングが魅力の得点感覚に優れたFW。1994年に鹿児島実業高校で一躍注目を集め、Jリーグではジェフ市原、横浜マリノスにて活躍。95〜01年に日本代表として36試合に出場し、7得点を記録した。2000年にはスペインのバリャドリッドにてプレーし、2002年よりヴィッセル神戸にて活躍中。

■長積仁 (徳島大総合科学部助教授)
 大阪体育大学体育学部を卒業後、筑波大学大学院体育研究科を経て、2000年より現職に。著書に「スポーツ経営学(大修館書店)」「改訂スポーツ産業論入門(杏林書院)」などがある。

■中山広隆 (神戸青年会議所第44代理事長)
 大阪府出身。1989年に(株)神戸青年会議所に入会し、現在第44代の理事長。北野田開発株式会社取締役として、ゴルフ場練習場事業に携わる。

■賀川 浩 スポーツライター
1924年、神戸市に生まれる。神戸一中、神戸経済大(現・神戸大)大阪クラブなどでサッカー選手。全国大会優勝、東西対抗出場、天皇杯準優勝などの経験をもつ。1952年からスポーツ記者、1975年から10年間のサンケイスポーツ編集局長(大阪)などを経て現在フリーランスとして、現役最年長記者。
1963年の兵庫サッカー友の会、1970年の社団法人・神戸フットボールクラブの創設メンバー。ワールドカップの取材8回、ヨーロッパ選手権5回、南米選手権1回。1974年から、サッカーマガジン誌上で大会ごとに「ワールドカップの旅」を連載、さらに同誌では2002年の開催前に「マイ・フットボール・クロニクル」として日本の歩みの連載を執筆した。
著者として『釜本邦茂ストライカーの戦術と技術』、監修として「ブライアン・グランヴィルのワールドカップストーリー」(新紀元社・2002年)、その他『サッカー日本代表 世界への挑戦』(新紀元社・2002年)にも執筆している。